真岡工業団地は、昭和41年3月に第1工業団地の造成が終わり、続いて昭和43年3月に第2工業団地の造成が完了し、企業誘致へと順調に進められ、昭和47年3月には計画の100%(58社)の立地が決定しました。
その時点で、既に操業した企業は40社、従業員5,600人で、月生産高は38億円でした。
この間、工業団地の健全な育成発展と諸条件整備のため、関係機関との連絡協調を図るとともに、会員相互の連絡と親睦を図ることを目的として、工業団地内に立地が決定した事業者で、昭和43年2月に第1工業団地企業を会員とする「松山会」が、そして、昭和45年10月に第2工業団地内企業を会員とする「二工会」がそれぞれ発足して活動を開始し、堅実な成果を収めていました。
昭和47年4月、工業団地を大きく飛躍させるためには「松山会」と「二工会」の2団体の統合を図り、立地企業間の連絡と親睦を図り、従業員の福利厚生施設として、かつ地域住民との交流及び親睦を図りながら地域との協力体制をつくるべきであるとして「管理協会を建設し、自主的な管理運営を図るべき」との意見から、事務局を真岡市商工振興課に依頼しました。
当時、管理協会建設については、「松山会」会長の大竹清美氏を準備委員長として協議しました。
その結果、当初は工業団地内公共用地に建設することで検討しましたが、工業団地が2か所に離れている関係から工業団地の中央に建設すべきではないかとの意見もありましたが、民地を買収しなければならないという資金的な問題もあり、建設することを断念しました。
最終的には、住宅団地内の公共用地を借用して建設するのが適当であるとの意見でまとまり、真岡市に交渉したところ特別の配慮を得て、2003年まで借用することが決定しました。
その旨を栃木県及び日本住宅公団に申し入れたところ、管理協会の建設は、工業団地内に建設することが原則であるとして、住宅団地内への建設はなかなか認められないため、県総務部長に現地の現状視察をお願いする等して、地域的に不便であるとの判断から住宅団地内への交渉を進めましたが、日本住宅公団は工業団地以外に建設した例がないだけに許可は難しい状況でした。
しかし、最終的には実状が認めれ、住宅団地内に建設することが認められました。
これにより、大竹管理協会建設準備委員長を真岡工業団地総合管理協会設立代表者に切り替え、昭和47年4月25日、真岡市公民館において設立総会を開催しました。議長には、株式会社神戸製鋼所真岡工場長の渡辺正人氏が全会一致で選任され、議事については、まず役員人事を議題とし、次の方々が全会一致で役員に選任され、全員が就任を承認しました。
理事長 渡辺正人氏、副理事長 大竹清美氏、樋口寛治氏、専務理事 野村欽二氏。
次に、第1号議案として、管理協会の建設終了までは、事務所を真岡市荒町5191番地の真岡市役所内に置くことを全会一致で決定しました。
続いて設立趣意書及び定款の承認、理事・監事・事務局長の選任、事業計画及び予算の承認、入会金の額の決定・徴収の方法及び社団法人真岡工業団地総合管理協会を設立することについて、全会一致で決定しました。
総会の議決に基づき、昭和47年10月5日、栃木県知事あてに関係書類を添え設立許可申請を行いました。その結果、昭和47年11月16日設立許可通知がありました。
早速、管理協会センター建設に着手するため、第一電子工業株式会社石川俊忠氏を委員長とする16人の建設委員会を設立し、検討の結果、次のとおり決定し建設の運びとなりました。
- 管理棟 鉄筋コンクリート2階建 679.13㎡ 工事費57,000千円
- 体育館 鉄筋ダイヤモンドトラスト造907.20㎡ 工事費40,000千円
- プール アルミニューム製 25m×15m 7コース 工事費17,000千円
- 資金内訳 栃木県工場立地条例に基づく従業員の福利厚生施設建設する場合の
- 県補助金 86,346千円
- 市補助金 10,000千円(他に敷地4,070㎡無償貸与)
- 各企業負担金 31,200千円
- 各企業負担金算出基礎は、工業団地譲渡面積割、住宅団地譲渡面積割、最終従業員割、投下固定資本割による。
施設は、いずれも昭和48年12月末に完成し、事務所は昭和49年1月7日に真岡市役所から移転し、同月17日に盛大に竣工式を挙行して祝いました。
真岡工業団地総合管理協会の歩み
5月
岩崎純三氏が真岡市長に就任
12月
真岡市で第1工業団地の用地買収完了
8月
真岡市で第2工業団地の用地買収完了
1月
真岡市で第1工業団地の造成に着手
3月
第1工業団地の造成完了(1,754,351.39㎡)
7月
第1工業団地の町名を「松山町」に決定
1月
真岡市で第2工業団地の造成に着手
12月
大谷台住宅団地が完成
2月
第1工業団地に「松山会」が発足
3月
第2工業団地の造成完了(1,308,851.51㎡)
11月
第2工業団地の町名を「鬼怒ケ丘」に決定
7月
宮岡橋が開通
10月
第2工業団地に「二工会」が発足
4月
真岡市で工業団地の管理組織として生活安全課を新設
4月
真岡工業団地総合管理協会の設立総会を開催
12月
社団法人真岡工業団地総合管理協会が発足
12月
真岡工業団地総合管理センターが完成(管理棟・体育館・プール)
1月
真岡工業団地総合管理センター竣工式を挙行
4月
真岡交通安全協会工業団地支部が発足
真岡警察署大谷台警察官臨時派出所を設置
7月
真岡工業団地管理センタープールを開設
9月
真岡大谷台簡易郵便局を開局
1月
真岡工業団地公害防止共同監視体制を設置
4月
真岡工業団地総合管理協会事務局長広沢惣一氏、市議会議員に当選
5月
栃木県警察本部長から地域防犯活動の功績で受賞
2月
真岡工業団地総合管理協会シンボルマークを制定
6月
真岡工業団地公害問題研究会を設立
12月
第1回総合団地祭を開催
12月
真岡工業団地従業員家族慰安大会を開催(石川さゆりショー)
6月
栃木県工業団地管理連絡協議会が設立
10月
真岡工業団地従業員家族慰安大会を開催(小柳ルミ子ショー)
9月
真岡工業団地で毎月第3水曜日を「清掃の日」と決定
12月
真岡工業団地従業員家族慰安大会を開催(三橋美智也ショー)
7月
真岡工業団地結婚情報センターを開設
1月
真岡工業団地従業員家族慰安大会を開催(榊原郁恵ショー)
11月
真岡工業団地工業用水対策委員会を設立
11月
真岡工業団地総合管理協会創立10周年記念行事を開催
各専門部会を総務部会、環境部会、労務部会、交通安全部会に統合
真岡工業団地総合管理協会創立15周年記念行事を開催
4月
第三セクター真岡鐵道が開業
真岡工業団地開発モニュメントを松山公園敷地内に建設
職業訓練校真岡コンピュータ・カレッジが開校
交通防犯部会が交通事故撲滅活動を開催
11月
真岡工業団地総合管理協会創立20周年記念行事を開催
2月
真岡市が第4工業団地の造成に着手
排水事故対策としてオイルフェンスを購入
7月
真岡市が第3工業団地の造成に着手
11月
真岡工業団地総合管理協会創立25周年記念行事を開催
3月
第3工業団地の造成が完了(143,575.30㎡)
第4工業団地の造成が完了(426,626,97㎡)
真岡大谷台簡易郵便局業務を民間委託
7月
真岡市勤労者交流施設井頭温泉チャットパレスがオープン
5月
岩崎純三氏の名誉市民推挙式が挙行
8月
真岡市が第5工業団地の造成に着手
11月
真岡工業団地総合管理協会創立30周年記念行事を開催
栃木県で大和田産業団地の造成に着手
6月
真岡工業団地総合管理センターの幼児プール取り壊し
8月
故岩崎純三氏合同葬儀
真岡工業団地総合管理協会事務局でインターネット接続
11月
真岡市制施行50周年記念式典を挙行
11月
国道408号真岡バイパス開通式
3月
第4工業団地入口に交通信号機が設置
2月
鬼怒テクノ通り開通
北関東自動車道真岡インターチェンジ開通(真岡―上三川)
3月
真岡市・二宮町合併記念式典挙行
第5工業団地の造成完了(912,438.49㎡)
大和田産業団地の造成完了(329,000㎡)
3月
真岡インターチェンジ周辺開発事業竣工式
3月
東北地方太平洋沖地震発生(観測史上最大マグニチュード9.0)
8月
真岡工業団地総合管理協会で真岡市に地震義援金200万円を贈呈
スパリゾート・フジと利用協定を締結
6月
管理協会創立40周年記念事業管理センター大規模改修工事に着手
7月
管理協会待機駐車場を第5工業団地内に設置
4月
真岡工業団地総合管理協会、社団法人から一般社団法人へ移行
11月
会員企業にメールによる一斉送信を開始
12月
国道408号真岡宇都宮バイパス供用開始
2月
記録的な大雪で団地内企業に被害発生
9月
工場緑地面積緩和の要望書提出
11月
真岡市制施行60周年記念式典を挙行
4月
真岡市工場立地法準則条例施行
第1工業団地・第2工業団地の緑地率の緩和 25%~10%へ
3月
第5工業団地の分譲率83%
4月
会員企業数76社
11月
第3・4・5工業団地及び大和田工業団地の緑地率の緩和を要望
4月
すべて工業団地の緑地率の緩和 25%~10%へ
5月
会員企業数80社
9月
真岡警察署と災害時における代替施設としての利用に関する協定を締結。
真岡市役所新庁舎のオープン
3月
一般国道408号 真岡南バイパスの開通式
11月
真岡工業団地総合管理協会設立50周年記念行事を開催